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ゴースト・ドッグ(99年米) 監・脚:ジム・ジャームッシュ この監督の作品は10年以上前に観た「ストレンジャー・ザン・パラダイス」以来である。なぜかと言うとこの映画“自称おっしゃれ〜”な人たちの間では、イジョーにもてはやされたのであるが、私には見事なくらいに肌に合わなかった。途中で映画館を出たくなってしまったくらいであったと記憶する。 そんなわけでずっと敬遠してきたのであるが今作を観たのは日本の武士道の精神を自分のものとして、孤独に生きている殺し屋、というのが面白そうであったし主演のフォレスト・ウィティカーが好きだから。 このゴースト・ドッグは殺しの依頼を伝書バトで受取り、『葉隠』という武士道の本を愛読し、昔、命を救ってくれたマフィアの一員ルーイに忠誠を誓っているというかなり変わった殺し屋。でもマフィア側の手違いで、組織と対立してしまう。で、殺られる前に殺っちまえと行動を起こす。ということであるが派手な映画かと勘違いしてはだめ。ゆ〜ったりとしたテンポで進む。というのはマフィアがなぜか年寄りばかりで階段を駆け上がるだけでゼーハー、ゼーハーなのだし、みんな昔のTVアニメが大好きだったりする。そしてゴーストドッグ、まるで日本刀を収めるかのような動きで銃を懐にしまうところは笑ってしまうのではあるけれど、ちょっとかっこよかったりする。 滅び行くものが次の世代にその精神を残すというラストが印象的。 |
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シュウシュウの季節(98年米) 監・脚:ジョアン・チェン どんな逆境にも迫害にも負けずに希望を決して失わない少女、そしてその少女を暖かく見守る男性との激しくも美しい純愛物語。を観る前は想像していたのにこれって全然違うじゃな〜い。哀しいというか悲惨というか、もうほんとに救いがないのよ〜。 ハリウッドで女優として活躍しているジョアン・チェンの初監督作品でこの物語と同時代に青春を送っているということで、どうしても撮りたいという思いがあったのであろう。 1970年代半ば、中国の文化大革命末期のお話。都会の少年少女に労働を学ばせようと辺境の地へ送るという政策のため、少女シュウシュウも地方へ送られ、チベットの男ラオジンから放牧を教わることになる。シュウシュウが思っていた生活とはあまりにもかけはなれていたテント暮らし。でも、朴訥なチベット人のラオジンとの交流、広大な自然の中での放牧の体験はシュウシュウを成長させたかに思えた。 ところが文革が終焉を迎え、彼女は帰れなくなってしまう。帰宅許可証がないと帰れず、仕事にもつけないのだ。金もコネもない彼女はその届けを手にする術がない。「お家へ帰りたい」という願うあまりに許可証をちらつかせる権力者達に次々と体を開いてしまうシュウシュウ。観ているのがつらくなるくらいの不幸の連続なのよ。 救いはシュウシュウを演じた16才のルールーがムチャクチャ可愛いということかな。後ろ姿だけどヌードも拝めるし〜。でもSEXシーンは吹き替えがバレバレなのは残念。 このお話は決して遠い昔のことではないのである。いまなお帰宅許可証がもらえずに辺境の地で暮らしている人も多いとのこと。 この映画は中国ではもちろん上映禁止、ジョアン・チェン監督も中国国内での活動は禁止ということである。 |
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黒い家(99年日) 監:森田芳光 去年原作を読んだときには保険金殺人を扱った社会派ミステリーでとても面白かったという記憶がある。 けれどもこの映画はその残酷場面をちょっと強調しすぎのスプラッター映画になってしまったよ。ラストで殺人鬼が主人公を執拗に追い回す場面も映像で見せられたら和製ジェイソンという感じでやりすぎだし、使い古された演出で全然怖くなくて失笑してしまった。全てぶち壊しという感じ。 それに原作では一見普通の人、外見では全然周囲と変わらない人が連続殺人を犯しているということが怖かったのだけれど、映画の出演者達、みんな異常すぎて違和感の大洪水。 一番変なのが大竹しのぶで、いくらなんでもこんなやついるわけないじゃん。その他内野聖陽、西村雅彦、桂慶一もみんなわざと変な芝居をしている。唯一まともに見えるのがいつもはキレた芝居の石橋蓮司という全くもって凄い映画。これは全て監督の意向だというけどなにを表現したかったのか?現代人は皆病んでいるってことだとしたら表現方法としてちょっと陳腐。 大竹しのぶがインタビューで「この映画の演技が変だとしても全て細かいことまで監督が指示したこと」と逃げをあらかじめうっていたのが笑える。 許せないのが大竹しのぶのおっぱいぽろりのシーンで吹き替えを使ったことがバレバレなこと。吹き替えを使うくらいならそれほど重要なシーンではないのだからカットしちゃえばいいのに。これは興ざめであった。 |
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ヘンリー・フール(97年米) 監・脚:ハル・ハートリー 清掃工場で働くネクラで無口なサイモンが一緒に住む家族は、病弱の母親(と言っても気だけは強い)と淫乱気味の姉。問題を抱えながらもなんとか解体せずに暮しているところへ膨大な量の手書き原稿の束を抱え、出版の野望に燃える自称詩人で刑務所帰りのヘンリーに部屋を貸すことになる。 そしてサイモンはヘンリーのすすめで詩を書くようになる。そして書き出すと止まらない、止まらない〜。今まで字を書いたこともないようなサイモンであったがヘンリーはそこにまぎれもない才能を見いだすのだ。 サイモンは最初の頃は人とまともに言葉もかわせないほどであったのに、書く行為によって自信が出てきて段々顔つきがたくましくなっていく様が良い。何かを創造するという行為は大切なもの。たとえ世の中に認められなくってもね。 と思っていたら彼の詩が評判になってしまう。それと反対にどんどん落ちていくヘンリー。彼のほとばしる創造性の喪失が哀しすぎる。その二人の関係、姉との関係、母親の気持ちは...と家族、友情、セックスがおりなす悲喜劇がおもしろすぎ。 |
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ハイロー・カントリー(98年米) 監:スティーブン・フリアーズ 西部劇と言っても拳銃でドンパチの暴力いっぱいのペキンパー的なものではなくて、失われていくものへの静かな郷愁という趣。 第二次世界大戦直後のニューメキシコの広大なハイロー・カントリーの牧場が舞台。戦争成り金のジムは汚い手を使って牧場の大半を手に入れている。そしてトラックで牛を搬送するなど近代化を目指している。それに対抗して旧来のカウボーイ魂を頑なに守り、地元民の信頼を得ているのがビッグ・ボーイとピート達。この二人の友情が、というより愛情にも似た信頼関係がとっても素敵で胸を打たれる。こんな男同士の友情はもう物語の中だけにしか存在しないのかもしれない。そして人妻のモナと恋に落ちるビッグ・ボーイ。でもピートもまた彼女に密かに恋していたのだ。 ビッグ・ボーイを演じているウディ・ハレルソンが素晴らしいのよ〜。照れたような笑顔は輝くばかり。馬もワイルドに乗りこなすし、腕力も、人望もあるしで、男の中の男、女性ならずとも彼の魅力にはくらくらしちゃうであろう。たとえ人妻であろうと愛したら真剣、一途。モナの幸せ者〜、って嫉妬してどうする...。 |
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★エイミー(97年豪) 監:ナディア・タス ロリコンではないけれど主演の9才の少女エイミーが可愛くてけなげでとっても素敵なのよ〜。一家に一人という気分。 ロックミュージシャンであった大好きなパパが目の前で死んでからエイミーは耳も聞こえず声も出なくなってしまった。強引な児童福祉局の職員から逃れるために母親とエイミーが引っ越してきたところの隣人達は騒々しくて変なやつばかり。売れないミュージシャンのロバート、派手なけんかばかりしている夫婦、一日中水をまいてるおばあさん等々、よくもこれだけ変人が集まったものだと感心するほど。 ある日歌を通じて彼女とコミュニケーションがとれることがわかる。ということで彼女に話しかけるために警官も医者も皆が歌う、歌〜う。それも皆へ〜たくそ〜。彼女の歌声も聞けるのだけど、これがびっくりするほどうまいのよ。ほんとに彼女が歌っているのかと疑ってしまうほど。 ということでミュージカルっぽいところもあって楽しいけど、ジーンとする場面もいっぱいある。そしてラストは観客みんな鼻をすすって、大変大会であった。えっ?わたくしはどうかってお聞きになるわけ?それはもちろん大ウルウルなのであった。 エイミーの素敵な歌声が今でも聞こえてきて心が温かくなる気がする。 けれどもエイミーの母親とミュージシャンのロバートの恋の行方をちゃんと最後まで描いて欲しかったゾ。気になって眠れないではないか。 |
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KISS OR KILL(97年オーストラリア) 監・脚:ビル・ベネット ケチな泥棒のニッキとアル。ニッキが男を誘惑してホテルの部屋に連れ込み、クスリを盛って金品を盗むということを繰り返して生計を立てている。ある日、カモの男が目の前で死んでしまったのだ。その男から盗んだ物の中に有名人の変態ビデオがあったからさあ大変。警察からもその有名人からも追われ、さらに悪いことに行く先々で死体がゴロゴロ状態。夢遊病のニッキと、すぐにキレて暴力的になるアルはお互いに相手が殺人犯でないかと疑心暗鬼に陥る。 というようなサスペンスではあるけれど、なんとなくユーモラス、なんとなくのんびり、なんとなく変。観てるほうも分かったような、分からないような。予測不可能な展開で面白いのだけれど、ラストがスカッとすっきり、とは行かず欲求不満が残ってしまう映画であった。あの最後のニッキの一言はどういう意味なの〜!? 私が単に理解不足でそう感じただけなのかもしれないが。 ニッキを演じたフランシス・オコナーは胸元あらわな服を着て大サービスしてくれるのであるが、その整形したかのようなおっぱいのぷりぷり度は全男性必見である。 |
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★ナビィの恋(99年日) 監・脚:中江祐司 スペクタルでもアクションでももちろんないし、喧騒とも無縁。むしろ淡々とたる〜い気分で話しは進んでいくので最初は戸惑ってしまうほど。でもそのたるさが快感となり、ナビィというおばあさんのの60年越しの恋の話しになるとドキドキしてしまう。でもなんといっても楽しいのはミュージカルとも呼んでもいいほどの沢山のノリノリの沖縄民謡で、狂気のフィヨドル使いとの異種格闘技のようなバトルは必見、必聴。サントラCDを購入しようと思ったけど残念ながら売切れであった。 なにがあったかは知らないが奈々子は仕事を辞めて故郷の沖縄のナントカ島(忘れてしまった)に里帰り。そこは仲の良い祖父母が暮らすのんびり〜とした村。でもちょっとナビィおばぁの様子が変。どうやら昔の恋人のことが忘れられない模様。でもおじぃはそんな妻を優しく見守っている。ってこのおじぃがいい味だしているのよ。飄々の標本みたいな人。その強烈な個性で笑いを一手に引き受けている。ほんとは沖縄のジミ・ヘンドリックスと呼ばれているサンシンの名手らしいのだけれどね。その他出演者はほとんど沖縄の人なので主演の西村尚美がその村の出身には見えなかったことがちょっと残念ではあった。 映画的なものよりも風景、沖縄の人々、音楽等々周りの雰囲気を楽しむ作品なので、ひょっとしたらだめな人は全くだめかも知れないけど、私はなぜかラストでウルウルしてしまったよ。 |
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ゴジラ2000ミレニアム(99年日) 監:大河原孝夫 なにしろゴジラである。つまらなそうとは思っていても、万が一ひょっとしたらとてつもなく傑作になっているかも知れないという一縷の望みを持って劇場のシートに座ったのであるが、やはり希望は打ち砕かれるためにあったのだ。 平成モスラは最初から子供相手に作っているから観には行かないけれど(しかし前作はその子供からも非難の声が上がっていたという目撃情報あり)ゴジラは一応大人の観賞にも耐えられるように作ってあるはずなんだけど、もうこれは観客をなめているというか、作り手が怪獣に対する愛情がないというか、めちゃくちゃやんけ〜。 ゴジラを出して街を壊して、ラストに怪獣プロレスでもいれときゃOKという脚本が何のひねりもないので観ていてだんだん椅子からずり落ちて、思わずため息。おまけに日本のCG技術では無理なんだから最初からやらなければいいのに、と思ったのはカメラを移動しながらの実写の街とゴジラの合成をした映像。カメラを固定してならいいのだけれど、もうあまりの酷さに観ていられなかったよ。巨大UFOも新怪獣もミニチュアの造形もカメラアングルもペケだ。なので当然ラストの大バトルも全くカタルシスを感じないのだ。 昨年のアメリカゴジラを意識したのか女性ジャーナリストと科学者が主人公。なのだけれど全く人間が描かれていないのが最悪。二人がどんな考えでゴジラを追っているのか皆目わからない。それに別に二人が恋に落ちるわけでもないし。頻繁に出てくる取ってつけたような科学批判のセリフも陳腐そのもの。 ラストで自らの意志でゴジラの前に仁王立ちになって殺されてしまう人の最後の言葉が「こんなに近くで見たのは初めてだ」。そのようなセリフを言わせておきながら前フリが何もないので単なるおバカな人になってしまっているよ。 ということで悪口はこの辺でやめておく。来年新作が出来たら多分観に行ってしまうであろうから。 |
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★ファイト・クラブ(99年米) 監:デビット・フィンチャー デビット・フィンチャー監督って壮大なる冗談、トリックで観客をあっと言わせるのが好きなのではないかしら。まあ「ゲーム」ではアイディアは面白かったけれども、映画としてはちょっとやり過ぎてこけたけどね。 エドワード・ノートンってほんとに上手い役者だ。いつもそのなりきり演技には驚嘆するばかり。「ラウンダー」も彼がいなかったらマット・デイモンだけではもたなかった気がする。 で、そのノートンが演じるホワイトカラーの男は仕事に退屈し、物欲におぼれる日々を過ごしている。ある日、タイラーという男に出会い、運命は急激に変わっていくことになる。彼は社会なんてクソくらえという、ノートンがなりたくてもなれない存在だ。その二人が作ったのがファイト・クラブ。社会から阻害された男どもが素手で殴り合うという、ただそれだけの集まりなのだけれども、見ていてホントに痛そう。多量に噴出する血も本物みたいでかなりグロ。延々と殴り合うシーンが続くので正視するのがつらい人もいるかも。男どもの汗と体臭が臭ってきそうである。そして最初はボクシングクラブのような存在であったけれど段々と社会に混乱を起こす大カルト集団へと変貌していくのであった。 最初は従順な飼い犬のようであったノートンがファイトクラブへのめり込むにしたがって段々と表情が険しくなっていく様がすごい。上司にたて突く場面は恐ろしいと同時に爆笑もしてしまうという名場面(?)である。 タイラーを演じるブラッド・ピットももちろん凄いよ。ほとんど狂気の世界に行ってしまってカリスマ性十分だし、この映画のために鍛え上げた見事な筋肉にもうっとり。 後半三分の一の冗談の様な展開にはびっくりである。そして驚愕と大笑い(したのは私だけかも)とチープなVFXのラストは大満足であった。 |